ここ数日、冷え込んで東京でも雪が舞った。先日、武蔵境の小さなホールでデンマークのトラッド音楽を演奏するハウゴー&ホイロップを見た帰り道も、真っ暗な空から冷たい風にのって白い粒が舞っていた。その日、深夜に伊勢昌之のCDが届いた。手持ちのものがなくなったので、お願いしてあったのだが、ついでがあるからと夫人が届けてくれたのだ。
もうすぐ伊勢昌之の13回忌を迎えるという。時間が経つのははやいものだ。古くはミッキー・カーチスのバンドに在籍し、鈴木勲グループなどジャズコンボで活躍した。そのギター音楽に対する情熱は、ときおり他人の目には奇異に映るようで、山下洋輔や、筒井康隆のエッセイにその奇行ぶりが書かれている。伊勢昌之といえば、なんといっても日本でもっともはやくブラジル音楽に取り組み、ただのコピーではなく独自のギタースタイルを築いていた。いつか聴かせてもらったアイアート・モレイラ、フローラ・プリムとのセッションは鳥肌がたつほどすごかった。
CD「ジャパニズモ」は伊勢昌之が亡くなるまえにレコーディングしていたアルバムだ。このアルバムは、伊勢昌之にとってひとつの挑戦だったように思う。採り上げられた曲目は日本の童謡、叙情歌といわれるもの。日本に育った者ならば、だれでも一度は口ずさんだメロディーばかりだ。伊勢昌之は、そのメロディーの美しさを大切にしながら、大胆なアレンジを加えている。ブラジル音楽、ジャズを基調にしたコード、リズムなのだが、ただ単に童謡をジャズ風に演奏したものではけっしてない。とくにギターのアレンジに耳をすませてほしい。7弦ギター、ソプラノギターを使って奏でられるアルペジオ、バッキングの和音はふつうではない。いちばんのお気に入りはボサノヴァに生まれ変わった「雪の降る街を」。口笛の音がとても心地よい。作曲した中田喜直さんが同じマンションにいらっしゃったことも何か縁を感じる。
ぼくは、幸運なことに(いや、場合によっては不幸なことに)伊勢昌之が音楽を誕生させる場に立ち会うことが出来た。残念なことは、ぼくの知る範囲では、伊勢昌之の本当のすごさは、ライブやレコーディングでは表現しきれていないことだ。このCDは、伊勢昌之のすべてではないが、その素晴らしさの一片のかけらが感じられる名盤だと思う。