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2024年 04月 22日
入谷コピー文庫というのは、編集者の堀内恭さんが発行している、文字通りコピーを使ったごくごく小部数の個人雑誌だ。毎回、テーマもいろいろで、そのテーマに合わせて堀内さんが執筆者に声をかけている。 執筆者はA4コピー用紙1枚にプリントアウトした原稿を送り、堀内さんがコピーをしてホチキスで綴じて製本して作っている。制作するのは、20部ほどで究極のミニコミといえそうだ。 ぼくもときどき書かせていただいている。ビートルズのことを書いたり、老いのこと、長嶋茂雄のこと、ああ、そうだ、片桐夕子のことも書いたことがある。毎回、テーマが面白くて書くのが楽しい。と同時に他の執筆者がどんなことを書くのか気になるし、自分の文章が読まれるかと思うと緊張もする。 送っていただいた号は、山田太一さんに捧げる〈葉っぱ〉シリーズ『自分の死について語ってみませんか』だった。寄稿者は、宮本貢、織田信生、内海準二、平岡海人、長田衛、山川直人、ハピイ氏橋、はやしゆうき、林哲夫、塩山芳明。ぼくと年齢が近い人が多く、それぞれの「死に対する思い」が他人事ではなく迫ってくる。書きにくいテーマだと思うけれど、さすがの執筆陣はユーモアを交えていて、胸に刺さる文章ながら、思わずクスリとしてしまう。 それにしても、なんというタイミングで送られてきたんだろう。 ぼくにとって春は「生と死」を感じる季節だ。生まれたのが3月の終わりで、両親が亡くなったのは1月、3月だった。春になると気持ちが不安定になってしまうのは、花粉症のせいだけではないようだ。 倉庫部屋の整理が終わり、数千冊の本との格闘も一段落。まだまだ整理することはたくさんあるのだけど、心身ともに疲れが出てきてボーッと過ごしている。 整理したのは、絵本や画集、美術展のカタログが多かったが、書籍ばかりではなかった。ダンボールの中に乱雑に入っていた写真、手紙などもたくさんあった。写真の多くは両親がポーランドやチェコ、東欧への旅行写真だった。半世紀以上も前のヨーロッパの街のすがたは古い映画を見ているようだった。そして友人たちとの宴、パーティでの記念写真も多い。両親といっしょに写っている人たちがだれであるか、いまとなっては皆目見当がつかない写真も多かった。 写真の中の父、吉上昭三はいつもごきげんで笑顔を浮かべている。火事で亡くなる直前まで父のイメージはその笑顔だった。 晩年は精力的に人に会ってポーランドの文化を伝える雑誌『ポロニカ』を制作したり、若い翻訳者を育てるために奔走していた。 病に倒れた母の看病をしながら、毎日のように人に会って酒を酌み交わし、夢を語っていたにちがいない。どんなに疲れていても、夢を忘れずにいた人だった。 火事で亡くなった夜は、学生の卒業論文を読んでいたらしい。燃え上がる炎から論文を守ろうと何冊もの論文集を移動しているうちに炎がまわり逃げ遅れてしまった。きっと学生の未来を左右するかもしれない論文を必死に守ろうとしたのだろう。父らしい死の迎え方だったと言えるかもしれない。 母、内田莉莎子は、絵本、児童文学の翻訳という天職を全うした人だったが、体が弱く常に痛みを訴えていた。母の着ていたセーターはいつも自分でさすっていたために背中の部分がうすくなって穴があきそうになっていた。晩年の3年ほどは病に倒れて何度も手術をしたり、ベッドに起き上がるのもやっとの状態だった。病院のベッドの中でも絵本の翻訳を続けていたのだから、天職を得るということがたんに良いとか、素晴らしいというより、畏怖の念を抱くほどだった。 母の死から30年近くになるが、ぼくの母のイメージは病気のために弱々しく、苦しそうにしている姿が浮かんでくる。 もちろん、母にだって元気なことはあったわけで、いつも苦しい顔をしていたわけではないとはわかっているが、どうしても晩年の闘病中の姿が忘れられなかった。 ダンボールから見つかった古い写真の母は、どの写真でもふくよかで笑顔を浮かべている。記念写真や友人たちと談笑しているのだから当然のことなのだが、その母の屈託のない笑顔を見てスーッとぼくの肩から力が抜けていった。 「そうだ、母の笑顔はこうだったんだ」と母が幸せな人生を送ったのだと思えるようになった。 重たい本を数千冊も運んで腰が痛くなっているのだが、気持ちはほんの少しだが和らいで軽くなったみたいだ。 両親は自分の人生を全うしたのだな、と思えるようになった。 『自分の死について語ってみませんか』という入谷コピー文庫のテーマ、もしぼくが依頼されていたら、どんなことを書くだろう。友人の漫画家・山川直人さんは、子どものころテレビの動物ドキュメンタリー『野生の王国』で見たライオンに襲われるインパラのことを題材にしていた。 ここ何年か自分の年齢に近い人が亡くなることが多くなった。親戚、同級生、少し年上の先輩たち。これからもいっしょに歳を重ねていけると思っていた人たちだった。 いつもそばにいた友人がいなくなるのは、悲しいというより「いるはずの人がいない」ガランとした感覚だ。やがて自分もその日を迎えることがだんだん現実的になってきた。『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(宗像明将 鈴木慶一 著 blueprint)は、はちみつぱい、ムーンライダーズをはじめ、日本のロック、ポップスを切り拓き、CM音楽や歌謡曲などの楽曲提供とプロデュースにも携わり、日本のポピュラー音楽史に多大な影響を及ぼしてきた鈴木慶一のインタビューをまとめた本だが、その中で鈴木慶一は「60歳を過ぎてからはロシアンルーレット」と死を表現していた。かしぶち哲郎、岡田徹、高橋幸宏などともに音楽を作ってきた人たちと別れた鈴木慶一の言葉は重みがある。 60歳を過ぎたら、いつ死がやってくるかわからない。しかたがないことだと思う。それでも死ぬことを望んでいるわけでもなく、健康診断の結果に一喜一憂しているのも正直な話だ。こうやってグズグズと右往左往しながら、くたばるにちがいない。情けないなあ、と思われるかもしれないが、それがぼくらしい死に方なんだと思う。 先日、ジェームス・テイラーの一度きりの来日公演を聴きにいった。声はかすれて、ギターを弾く指は震えていた。ぼくは初来日した公演も行っているが、25歳のジェームス・テイラーの澄んだ声よりも、76歳のしわがれた声のほうが魅力を感じた。長い人生の時間を積み重ねたからの歌声だった。 死ぬのはしかたがないことだけど、豊かな人生の歌を作ってからにしたいなあ。
by kyotakyotak
| 2024-04-22 21:03
| 本
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